
思考停止の多数決が当たり前になっている


私たちは、幼少期から多数決を実践してきた
結果が出たとき、多数の意見が採用され、少数の意見は排除される
“たとえ僅差でも少数の意見は排除すべき” というのが、日本の多数決の考え方だ

どんなときも、 少数の意見が排除 されても違和感が無かった
幼少期からそんな 価値観を刷り込まれていた のかも
それを土台にして、私達は大人になっても同じ価値観のままだ
多数の意見が尊重されることで “多い考えが反映されるから良いだろう” と考えがちだが、私には違和感がある
多くの人は ”多数決 = 民主主義の本質” だと考えるが、本来の民主主義の考え方とかけ離れていると感じる

少ない意見を無視すること は、民主主義の本質ではありません
本来の民主主義は、少数意見にも耳を傾けて結果に反映 させます
そのような調整機能がなければ、民主主義の本来の形にはならない
そして、現在の世の中にそんな考え方があるとは到底思えない

問題が山積みな多数決が蔓延している

多数決においても、多くの人が思考停止に陥っている
というのも、 議論する気がない人 や、 皆の意見に合わせたがる人 がいる
その人達の心理は、 “無駄に議論をするのが面倒だ” だろうか
- 空気を読んで 多数の意見に乗っかるほうが楽
- 多数だから正しいだろう と、根拠もなく選ぶ
自分の意思を無視した決定に違和感はないのだろうか?
それとも、 自分の意見に自信がない のだろうか?
普段から 自分の考えを示さないと、大事な場面で自己決定できなくなる
人生はそういった自らの選択の連続だ
いつの時代も、強者優位の状況が作られやすいから、そう考えるのは当然のことである
そして、権力や多数派に対して異なる意見を言うのは、勇気がいる
だから皆、自分を守るために余計なことをしない
だが、そんなひとつひとつが、 一部の権力者優遇を作っている ことをしっかりと認識しなければならない
一度でも権力に屈してしまえば、権力者の思う壷 だ
- あの人がそう言っているから従う というような空気が蔓延する
- 権力者にとって都合が良い意見 だけが汲み取られやすい
そんな多数決をするから、 強いものがより強くなり、弱い者はいつまでも弱いまま なのだ
全体に視点を置いた多数決ではなく、 一部の強者のための多数決 になっている
結果が出る前に、結果が分かっている多数決には意味がない
そんなひとつひとつが現在の日本を象徴している
悪い格差が開く根本的な原因のひとつになっている
強者に精神性が足りないと、 権力を武器に好き放題 してしまい、 全体のバランスが崩れてしまう
- 自分が良ければそれでいい し、弱者のことなんて関係ない
- 弱者はずっと弱いまま でいてくれたほうが都合がいい
- 自分が強者であり続けるために、 自己保身 に走る
など、このように 精神性の足りない強者 は思い続けている
そう考えると、やはり何をするにも 豊かな精神性が必要 になってくるということだ
強者にも弱者にも課題が残っている多数決の形
それを正すことができない暗黙の了解が存在している
≪ Point ≫
- 少数意見にも耳を傾けて結果に反映させるような、 全体を大事にする多数決 が必要
- 少数意見を排除し、多数だけを全て反映させるのは、 白黒思考状態 である
- 自分の意思を無視した決定 に違和感はないのか
- 権力などで獲得した票 は、正しい統計には繋がらない

多数決をお互いの意見交換に繋げる


そのためには、精神性の高い権力者がその場を仕切ることが理想の形だ
というのも、ひとりひとりの立場の違いによって、目指す指針は変わってくる
物事の見る視点を変えるといろいろな見方ができる から、全体を見渡す視野がいる
そして、 全体に対する影響を考え、議論 していかなければならない
意見の違いが出て当たり前 であり、その上で 全体の意見としてまとめ上げる 必要があるのだ
だから、権力者が 絶対的権力で全体の意見をコントロールするなど有り得ない
そもそも、 強者が弱者に睨みを利かせると、弱者は素直な感情や行動を起こせない
強者の顔色を伺う空気感は、 全体の素直な意見交換 がなされない
それは非常にもったいない
実際、少数の中にもしっかりした根拠があるかもしれない

新しい発見や知らない考え方 に触れたとき、
たくさんの人に 考えるきっかけ を与えます
その考え方が多数か少数かは関係ありません
多数決の結果は議論への踏み台 にして、そこからスタートする形でお互いの意見を交換すべきだ
そして、 お互いの歩み寄りや調整可能な部分を拾い上げてみる べきだ
そういう意味でも、異なる意見を言うことには本来意味がある

”100:0の多数決” を卒業する

これまでの多数決は、 “基本的に結果だけを重視する考え方“ になっていて、100:0の考え方だ
非常に極端な場合は、多数決で100:0に近づくが、それ以外ではさまざまな意見があっていいはずだ
確かに、期日までに結論を出さなければならないときもある
実際、ずるずる結論を延ばしていては、先に進めない
それならば、先に結論は出しつつも、 “後から微調整しようという前提の結論の出し方” はできないだろうか?
そういう考えに至らない時点で、 少数意見をすくい上げよう という気概が足りない
多数決で決まったから、それ以上、議論は必要ない という考えは
- ただの 思考停止 状態
- 結果が そのままの方が都合がいい
の、どちらかである
とはいえ、 “多数派を採用すれば半分以上の人が納得する” のは、確かだ
だが逆に考えると、少数の人はないがしろにされる現状を突きつけられる
多数決の理想は、全体の考え方の分布を正しく理解することにある
その分布を元に、多くの人が 納得できる結論を導き出すきっかけ にしなければならない
時間がかかっても、お互いに意見交換を重ね、多くの人の納得を得るべきだ
≪ Point ≫
- 多数決によって 多数と少数を把握する手段 を獲得し、その後の議論へと繋げる
- お互いの 歩み寄りや調整可能な部分 を拾い上げて、全体の意見が尊重されるように努める
- 勝ち負けだけの視点で 100:0の結論を出すだけの多数決は乱暴だ
- 少数は単に排除されるべきなのか 、考えてみる

多数で暴力を振るわない考え方

人間社会はいつも ”勝つか負けるかが一番大事” だと考えられ、優先されている
勝った人間は正義であるのに対し、負けた人間は ”負け犬の遠吠え” 状態である
そんな空気感が全体に覆われていることを知っているから、勝つことが目的となっている
今回の多数決に関しても、中身に注目した議論に発展することは少ない
むしろ、議論しないために多数決を行い、出た結果を受け入れる方向に繋げているのかもしれない
”文句があるなら多数になればいい” という、少数に対する最大の言い訳ができるからだ
それでは、中身に注目できるはずはない
物事の良し悪しは二の次になってしまう
だから、 弱い立場の人達の声をかき消すだけ なのは、もうやめよう
微調整して、たくさんの人が受け入れる結論を出すように努めて欲しい



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